PMプロジェクトマネージャ試験 午後Ⅰ

令和7年度秋期 プロジェクトマネージャ 午後Ⅰ 問2

事例を読んで設問の答えを考えてから、解説のポイントとIPA公式の解答例・採点講評で確認しましょう。

問題

問2 製薬会社におけるCRM刷新プロジェクトに関する次の記述を読んで,設問に答えよ。 I社は製薬会社である。全国に営業所が展開されており,営業担当者が,医療機関に向けて営業活動を行っている。競合他社において,営業活動でのコンプライアンス上の問題に起因して経営状況が悪化したことを受けて,I社の経営層と営業部門の営業管理部は,コンプライアンスをより一層強化する方針を打ち出した。I社のCRMシステムについても,この方針に沿って見直すこととなった。I社の現行のCRMシステム(以下,現CRMという)は,長年のシステム改修によって保守性が低下しており,このままでは法改正へ対応するための迅速かつ適切なシステム改修ができなくなる。そこで,I社の経営層は,新たなCRMシステムを導入するプロジェクト(以下,本プロジェクトという)を立ち上げることを決定し,情報システム部のJ課長をプロジェクトマネージャ(PM)に任命した。 新しく導入するCRMシステム(以下,新CRMという)には,V社のSaaSを採用することになった。V社のSaaSは,年に3回の標準機能の拡充・改善によって,導入企業からの改善要求を積極的に採り入れており,また法改正への対応も確実に行っている。これらの特長がI社の経営層から評価された。ただし,標準機能をカスタマイズした場合,カスタマイズ部分については,拡充・改善の対象から外れるので,V社のSaaSの特長を生かせない。そこでI社は,V社のSaaSの標準機能をカスタマイズせずに導入する方針を決定した。 〔ステークホルダの特定〕 J課長は次のように本プロジェクトのステークホルダを特定した。 ・プロジェクトオーナーは,営業部門を統括するK役員である。 ・利用部門責任者は,営業管理部のL部長である。営業管理部には,L部長以下営業経験者が配属されており,営業系システムの企画や営業施策の進捗管理のほかに,営業部門のコンプライアンスの遵守状況の監視なども行っている。 ・要件定義の担当者は,全国の各営業所から選出された営業担当者である。 ・営業活動でのシステム利用方法をまとめた営業担当者向けのマニュアル(以下,教育マニュアルという)作成や問合せの受け付けと回答(以下,QAという)対応の主担当は,営業管理部のM氏である。I社では,システムリリース前に,営業管理部が教育マニュアルを用いて営業所の営業担当者へトレーニングを実施する。 ・現CRM及び基幹システムの開発・保守ベンダーはW社である。新CRM導入によってW社の開発・保守の範囲は縮小することになる。本プロジェクトで重要な作業となる現CRMから新CRMへのデータ移行にはW社の協力が必要になる。現CRM及び基幹システムの開発・保守責任者はW社のX主任である。 〔K役員からの指示〕 J課長はK役員から,以前,I社のほかの営業系システムにSaaSを導入した際の次のような失敗を繰り返さないように指示された。 ・I社の営業活動への適合の観点での事前検討を行わずに,要件定義で,SaaSベンダーに標準機能をそのまま説明してもらったところ,営業担当者から“このシステムは使えない”との不満の声があがり,紛糾して進捗が大幅に遅延した。 ・営業管理部の担当者が営業系システムについての理解に時間を要したことによって教育マニュアルの完成が遅れ,営業所の営業担当者へのトレーニングの開始も遅れた。 ・全国の営業所からの,営業系システムの利用方法に関する大量の問合せに営業管理部が対応しきれず,営業系システムの利用に支障が出た。 〔ステークホルダマネジメント〕 J課長は,K役員の指示を踏まえた本プロジェクトの計画策定のため,表1に示すように,本プロジェクトの主要ステークホルダの影響度と関与度を特定した。 表1 主要ステークホルダの影響度と関与度 J課長は,表1の影響度と関与度から,関与度が“支持”ではないステークホルダへの対応を次のとおりとした。 ・K役員は,コンプライアンスの重要性と,新CRMの標準機能をカスタマイズせずに利用する必要性を理解している。一方で,標準機能をカスタマイズせずに利用する方針では営業活動の柔軟さ,俊敏さが損なわれるのではないかと懸念している。①J課長は,まずはK役員への対応を優先する必要があると考えた。そこで,K役員に対して,②本プロジェクトでは標準機能のカスタマイズは実施しないが,今後,カスタマイズしたい内容を標準機能として実現するようにV社に改善要求を出していくことを説明し,K役員に納得してもらうことから取り組むこととした。 ・営業担当者は,新CRMの導入の目的がコンプライアンスのより一層の強化であることは理解しているが,標準機能をカスタマイズせずに利用する方針では,営業活動の柔軟性が確保できず,支障を来すのではないかと不信感をもっている。本プロジェクトを円滑に進捗させるためには,営業担当者の関与度を“抵抗”から“支持”に,少なくとも“中立”に変える必要がある。 ・W社のX主任の関与度は,取引先であるI社に対して“抵抗”ではないが,“支持”でもない。J課長は,情報システム部長の承認を得た上で,③X主任の関与度を“支持”に変えるため,開発が計画されている機能の開発・保守をW社に委託する意向であることを,X主任に伝えた。なお,開発が計画されている機能とは,新CRMで取得できる営業活動や販売活動の情報を,基幹システムの情報と併せて基幹システムで分析するものである。 〔コミュニケーション計画の作成〕 J課長は,次のとおり本プロジェクトのコミュニケーション計画を作成して,主要ステークホルダの了承を得た。 (1)ワークショップ 要件定義の中で,新CRMの対象機能単位に,V社がデモ環境を用いて要件の確認を行うワークショップを開催する。L部長,営業担当者,M氏,V社プロジェクト責任者及びV社導入担当者に出席してもらう。J課長は,営業担当者に対して,不明な点は納得できるまでV社に質問するように指示する。また,M氏には,その際にQA対応集を作成するように指示する。この活動を通じて営業担当者のQA対応力を高めて,システムリリース直後の全国の営業所からの問合せが集中する期間には,④本プロジェクトに参加する営業担当者にも,所属する営業所でのQA対応を担当させることについて,K役員の承認を得た。 (2)ワークショップの事前検討会 ワークショップの開催前に,次のような,事前検討会を実施する。 ・⑤L部長,M氏,V社プロジェクト責任者及びV社導入担当者に出席してもらう。 ・本プロジェクトを円滑に進捗させるために,⑥新CRMの標準機能の範囲内でパラメータ設定を工夫することによって,営業活動の柔軟性を確保できるか検討する。 ・パラメータ設定を工夫するだけでは十分な対応ができない場合は,V社に対する今後の標準機能への改善要求として整理し,K役員に報告する。 ⑦J課長は,M氏に対して,以降のスケジュールに影響が出ないように,ワークショップと事前検討会の機会を通じて新CRMの理解を深めておくように指示する。 (3)情報共有会 V社プロジェクト責任者及びV社導入担当者,W社のX主任に出席してもらい,J課長が主催する。⑧本プロジェクトにおける重要な作業のために,適切なタイミングで情報共有会を実施する。 設問1 〔ステークホルダマネジメント〕について答えよ。 (1)本文中の下線①について,J課長が,K役員への対応を優先した理由は何か。20字以内で答えよ。 (2)本文中の下線②について,J課長が,K役員の関与度を“支持”に変えるためにこのような説明をした理由は何か。ステークホルダマネジメントの観点で,45字以内で答えよ。 (3)本文中の下線③について,J課長は,このような説明によって,X主任に何を理解してもらおうとしたか。W社のビジネスの観点で35字以内で答えよ。 設問2 〔コミュニケーション計画の作成〕について答えよ。 (1)本文中の下線④について,J課長は,本プロジェクトに参加する営業担当者にもQA対応を担当してもらうことによって,どのような効果を期待したか。30字以内で答えよ。 (2)本文中の下線⑤について,J課長が,V社プロジェクト責任者及びV社導入担当者に出席してもらうことにした目的は何か。40字以内で答えよ。 (3)本文中の下線⑥について,本プロジェクトを円滑に進捗させるために,このような対応によって避けようとしたリスクは何か。25字以内で答えよ。 (4)本文中の下線⑦について,J課長が,M氏にこのような指示をする目的は何か。25字以内で答えよ。 (5)本文中の下線⑧について,J課長が,本プロジェクトでの重要な作業を考慮してV社とW社間の情報共有会を実施することにした目的は何か。25字以内で答えよ。
表1 主要ステークホルダの影響度と関与度。K役員、L部長、営業担当者、M氏及びX主任の所属、役割、影響度及び関与度を示す表。
表1 主要ステークホルダの影響度と関与度。K役員、L部長、営業担当者、M氏及びX主任の所属、役割、影響度及び関与度を示す表。
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関係者との認識をそろえる視点

SaaS導入では、関係者ごとの立場や関心、必要な情報の粒度と伝達時期を整理し、合意形成に向けた対話の進め方を考えることが重要です。計画を作る際は、伝える側の都合だけでなく、受け手が判断や協力をしやすい状態になるかも見ます。

この問題で問われていること

この問題では、関係者の期待や影響度を踏まえて、誰に何をどのタイミングで共有し、どのように反応を確認するかという一点に注目してください。個別の手段を暗記するより、相手に応じた情報設計と認識合わせのつながりを確認しましょう。

視点

関係者管理とコミュニケーション計画は、役割、関心、影響、情報の受け取り方を整理し、継続的に認識をそろえるための観点として捉えます。関係者の違いを踏まえた情報設計と、対話を通じた確認の流れに目を向けます。

確認ポイント

  • 関係者ごとに、関心事や関与の度合いを区別して考える
  • 共有する情報の内容とタイミングが、相手の役割に合っているか確認する
  • 一方向の通知で終わらず、理解や懸念を把握する機会があるか確認する
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解説

本問は、SaaSの標準機能を生かすCRM刷新で、関係者の影響度・関与度を踏まえたステークホルダ対応と、過去の失敗を防ぐコミュニケーション計画を問う。

問題の全体像

I社は、コンプライアンス強化と法改正への迅速な対応を目的に、V社のSaaSを標準機能のまま導入するCRM刷新プロジェクトを開始した。標準機能をカスタマイズしないため、営業活動の柔軟性を懸念するK役員や営業担当者、協力姿勢が中立のW社X主任などへの対応が必要になる。また、過去のSaaS導入では、営業活動への適合検討不足、教育マニュアル作成の遅延、問合せ対応不足が問題になった。そこで、影響度・関与度に応じた説明、ワークショップ、事前検討会、情報共有会を計画し、プロジェクトを円滑に進めようとしている。

設問1(1)

表1では、K役員はプロジェクトオーナーであり、影響度が「高」とされている。したがって、K役員の関与度を支持に変えられるかどうかが、プロジェクトの進行に大きく影響する。公式解答例の「K役員の影響度が“高”だから」は、この影響度に着目した理由です。20字以内では、役割ではなく表1の影響度を端的に示す。

設問1(2)

K役員はコンプライアンス強化と標準機能利用の必要性を理解している一方、営業活動の柔軟さや俊敏さが損なわれることを懸念している。J課長は、単に方針を説明するのではなく、カスタマイズしたい内容を将来の標準機能改善要求として実現する道筋を示した。公式解答例では、K役員が標準機能によって営業活動の柔軟さ・俊敏さが損なわれると懸念している点を理由としている。ステークホルダの懸念を把握し、支持を得る対応であることを書く。

設問1(3)

X主任はW社の現CRM・基幹システムの開発保守責任者であり、新CRM導入によってW社の既存の開発・保守範囲が縮小する立場にある。そこで、予定機能の開発・保守をW社へ委託する意向を伝え、現行範囲の縮小だけでなく、新たな受託機会が生じることを理解してもらおうとした。公式解答例の「新CRM導入がW社の新たな開発・保守範囲の受託につながること」が根拠となる。

設問2(1)

過去には、全国の営業所からの問合せが営業管理部に集中し、対応しきれずシステム利用に支障が出た。本プロジェクトに参加した営業担当者を各営業所のQA対応者にすることで、問合せを分散し、現場に近い担当者が迅速に回答できる体制を期待している。公式解答例の「全国の営業所からの問合せに滞りなく対応できる効果」を、30字以内で押さえる。

設問2(2)

過去の失敗は、営業活動への適合性を事前検討しないまま、SaaSベンダーに標準機能を説明させたことから発生した。そこで、V社の責任者と導入担当者に事前検討会へ参加してもらい、営業活動への適合性を検討した結果を踏まえて、ワークショップで標準機能を説明・確認してもらう。公式解答例も、この事前検討を踏まえた説明を目的としている。

設問2(3)

標準機能の範囲内でパラメータ設定を工夫すれば、カスタマイズを避けながら営業活動の柔軟性を確保できる可能性がある。これにより、営業担当者が標準機能を使えないと不満を持ち、要件定義が紛糾して進捗が大幅に遅れる事態を避けようとしている。公式解答例の「ワークショップで要件定義が遅延するリスク」が答えの中心です。

設問2(4)

過去には、営業管理部の担当者が営業系システムを理解するのに時間を要し、教育マニュアルの完成と営業所向けトレーニングの開始が遅れた。M氏にワークショップと事前検討会を学習機会として活用させるのは、新CRMを早期に理解させ、後続の教育マニュアル作成やトレーニングを遅らせないためです。公式解答例では、トレーニング開始の遅延防止が示されている。

設問2(5)

現CRMから新CRMへのデータ移行は本プロジェクトの重要作業であり、現行システムを担当するW社の協力が必要です。V社は新CRMの導入を担当し、W社は現CRMや基幹システムを担当するため、両社が必要な情報を共有し、移行作業の認識を合わせる必要がある。公式解答例では、情報共有会の目的を「新CRMへのデータ移行を滞りなく進めるため」としている。

学習のポイント

ステークホルダの立場から、施策の目的と防止したいリスクを本文の因果関係で説明する力を養う。

出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)令和7年度秋期 プロジェクトマネージャ試験 午後Ⅰ 問2(公式資料:問題冊子(PDF) / 解答例 / 採点講評)

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