STITストラテジスト試験 午後Ⅰ

令和3年度春期 ITストラテジスト 午後Ⅰ 問4

事例を読んで設問の答えを考えてから、解説のポイントとIPA公式の解答例・採点講評で確認しましょう。

問題

問4 AIを用いた筋電義手に関する次の記述を読んで,設問1~3に答えよ。 D社は,義手の製造メーカである。義手とは,外傷や病気などで手を失った人が用 いる人工の手のことである。D社は,外観の再現を目的とした装飾用義手と,肩,背 中,反対の腕などを動かして機構部を操作し,物をつかむ,放すという手の基本的 な機能を実現する能動義手を製造販売してきた。 D社の製品は,外観の再現性が高く,アフターサービスが良いので,利用者からの 評判が良い。一方で,“日常生活をより自然に送れるように,指を個別に動かすこと ができる自由度の高い義手が欲しい”といった要望も多く寄せられている。 D社は,顧客の満足と社会貢献を社是として掲げ,顧客の要求に応える製品開発に 取り組んできた。D社は,次に開発する自由度の高い義手について,信号処理及びモ ータ制御が要素技術として必要になると見越して,これらの技術研究を進める方針 を策定した。また,将来は保有技術を他市場に生かして事業を拡大することが必要 になると考えている。 〔義手を動かす技術〕 利用者の意思で動かせる義手には,能動義手のほか,筋肉の収縮時に発生する微 弱な電位(以下,筋電という)を検出して,これを基にモータで手指を動かす義手 (以下,筋電義手という)がある。 今まで海外も含め製品化された筋電義手は,手を失って残った前腕の表面から検 出した筋電を基に,5本の指を同時に曲げて物をつかむものだった。しかし,最近で は,検出した筋電の波形を分析する研究が進んだことによって,個々の指を動かす ための筋電を別々に取り出す技術が発表されている。 人の手,指の構造を考慮すると,関節の数や動きから,指1本当たり4自由度, 手首から指先まで合わせて24自由度があり,このような製品ができれば,日常生活 でほぼ不自由なく使えると考えられている。 〔市場状況〕 義手は,ほかの福祉機器と比べ,国内において対象者が少ないことから,需要が 少なく量産化によるコストダウンや売上拡大が期待できない。 筋電義手は,海外において半世紀以上前に製品化されている。海外では,紛争, 災害などで手を失った人が多いこともあり需要が多く,幾つもの海外メーカが筋電 義手の製品を販売してきたことで製品が行き渡り,市場としては既に飽和状態にあ る。現在ではメーカが淘汰されたことで寡占市場になり,価格が下がりにくい状況 になっている。国内においては,筋電義手を販売しているメーカはないが,海外メ ーカは国内市場への進出を狙い,代理店を探し始めている。 〔今後の展望〕 自由度の高い義手の技術は,IoT,仮想現実(VR)及び触感のフィードバック技術 を組み合わせることによって,宇宙空間,海底など人が立ち入ることが難しい場所 で補修をしたり,ケーブルをつないだりといった細やかな作業ができる遠隔操作ロ ボットハンドとして,さらには,視覚,聴覚及び触覚まで活用して遠隔地にいるよ うな体験ができるテレイグジスタンス技術としても利用できる可能性がある。 〔試作機の開発〕 D社は,手首から指先までの全ての関節を別々に動かすことを目標とし,開発期間 を限定して,PCを用いた筋電義手の試作機を開発した。試作機を開発した結果,筋 電を検出して物をつかむことが可能であることは確認できたが,筋電の波形に基づ き全ての指を別々に動かすための情報処理が難しく,例えば,“グー”,“パー”は実 現できたが,“チョキ”は開発期間内に実現できなかった。この時点で,D社の保有 技術だけで自由度の高い製品を開発すると開発費が高くなることが予想された。 D社は,この試作機を数名のモニターに利用してもらい,意見を収集した。 〔国の方針〕 国は,障害のある人がそれぞれの障害の種類,状況に応じ,ハンディキャップを 意識せず,自立した豊かな人生を享受できるインクルーシブ(包摂)社会を実現す る目標を掲げた。この目標を達成するために,国は,IoT,AIの技術開発を強化して 障害のある人のICT利活用を促進する方針を定めた。 〔大学における研究〕 G大学のH教授は研究室の学生とともに,筋電義手の技術,及び筋電義手の使用 時に対象に加えた圧力をフィードバックさせたり触感を感じさせたりする技術の研 究を進めている。特に,個々の利用者が自由度の高い義手を違和感なく動かすため に必要な先端技術をAIで実現する研究を行っている。主な研究内容を次に示す。 ・利用者には,“手を握る”,“手を開く”,“じゃんけんをする”,“2本の指でつまむ” などの感覚で筋肉に力を入れてもらい,義手が意思どおりに動いたらその時点の 筋電の波形と動作を学習させる。 ・学習のための大量のデータから,規則性やルールをAIで見つけ出し,制御する。 H教授は,研究したAIの技術を搭載した筋電義手の製品を世に出すことによって, その製品に対する社会における認知度を高めるとともに,先端技術を発展させるた めに必要な大量のフィールドデータと研究費用を継続的に取得したいと考えている。 さらに,H教授は,筋電義手の使用時に対象に加えた圧力をフィードバックさせ たり触感を感じさせたりする技術においても先駆者として取り組み,実装可能なレ ベルの成果を挙げている。 〔製品化の検討〕 D社のITストラテジストであるE氏は,試作機を基に自由度の高い筋電義手を製 品化することを想定し,技術上の問題点の整理をシステムアーキテクトのF氏に依 頼した。F氏は,機構設計の技術者と協力し,試作機を利用したモニターの意見も踏 まえ,次のように問題点とその原因を整理してE氏に報告した。 (1)“反応速度が遅く使用に違和感がある” 筋電の波形から指を動かす信号を取り出す処理と,この信号を基に指ごとのモ ータを動かす処理を,筋電義手の接続先であるPCで行っているからである。 (2)“生卵やガラスコップを持つのが怖い” フィードバック機能がなく,持つ物に対してどの指でどれくらいの圧力を加え ているのかが利用者には分からず,壊してしまうおそれを感じるからである。 (3)“義手が重く,連続使用時間が短い” 自由度が高まるに従いモータの数が増え,現在の技術では義手が重くなり,消 費電力も増え,バッテリによる駆動可能時間が短くなるからである。 (4)“利用者に合わせるチューニングに長時間掛かる” 検出される筋電の波形が利用者によって異なり,筋電と義手との動きを合わせ る作業に多くの時間を掛けているからである。 E氏は,試作機の開発結果とF氏の報告内容を考慮し,最初の筋電義手の製品を 開発するに当たり,自由度は市場の製品の水準をやや上回る程度に限定すべきと考 えた。また,信号を解析する情報処理の面では,ほかの組織から技術を得るべきと 考え,H教授を訪問して意見交換を行った。 H教授は,意見交換の中で,D社と継続的に協力したいとの意向を示した。 〔目標と開発方針の設定〕 E氏は,筋電技術の最新の技術動向をF氏が調査した結果,及びH教授と意見交 換した結果を踏まえ,次の目標を設定した。 ・AIの技術を用いることによって,自由度の高い細やかな制御を可能にする。 ・常に先端技術を搭載した製品を開発し続ける。 ・将来的には,箸を使ったり,ギターを弾いたり,タッチタイピングでキーボード を打ったりすることができる,軽くて自由度の高い筋電義手を安価に提供する。 また,最初の筋電義手の製品開発に当たり,F氏の報告とH教授の意見も踏まえ た上で製品の開発方針を次のように整理した。 ・試作機ではPCで行っていた機能を,AIチップ化して筋電義手に組み込む。 ・対象に加えた圧力をフィードバックさせたり触感を感じさせたりする装置を追加 する。 ・H教授に,継続的な相互協力の中で技術協力を依頼する。 ・短期間で開発し,国内市場で販売を開始する。 〔事業戦略の策定〕 E氏は,最初の筋電義手の製品開発に当たり,各種助成金を得て研究開発費に充当 することができないかどうかを調査すべきと考えた。また,販売先を国内から海外 へ展開し,量産化によるコストダウンや売上拡大を図るべきと考えた。さらに,遠 隔操作ロボットハンドを手掛ける国内会社に技術供与の提案を進めるべきと考えた。 設問1〔製品化の検討〕について,(1),(2)に答えよ。 (1)E氏が,最初の筋電義手の製品を開発するに当たり,自由度は市場の製品の 水準をやや上回る程度に限定すべきと考えた目的は何か。市場状況及び開発 方針を考慮して,30字以内で述べよ。 (2)E氏が,信号を解析する情報処理の面では,ほかの組織から技術を得るべき と考えたのは,どのような問題を解決するためか。40字以内で述べよ。 設問2〔目標と開発方針の設定〕について,(1),(2)に答えよ。 (1)E氏が,AIチップ化して筋電義手に組み込むことを考えたのは,利用者の どのような意見を参考にしたか。20字以内で述べよ。 (2)E氏が,継続的な相互協力の中でH教授に与えることができると考えた情 報は何か。15字以内で答えよ。 設問3 事業戦略について,(1)~(3)に答えよ。 (1)E氏が,筋電義手の開発に当たり,各種助成金を得て研究開発費に充当する ことができないかどうかを調査すべきと考えたのは,国のどのような方針か らか。40字以内で述べよ。 (2)E氏は,海外で潜在的にある需要に応えるために,どのような目標を設定し たか。40字以内で述べよ。 (3)E氏が,遠隔操作ロボットハンドを手掛ける国内会社に技術供与の提案を進 めるべきと考えた目的は何か。25字以内で述べよ。
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新技術を事業へ結び付ける視点

新しい技術を用いた製品開発と事業戦略を考えるときは、技術の新しさだけで判断せず、誰にどのような価値を届け、継続的に提供できるかという一つの観点に注目しましょう。

この問題で問われていること

選択肢を読む際は、技術そのものの説明ではなく、顧客価値と事業としての成立条件がどのようにつながっているかに焦点を絞り、前提と結果の関係を丁寧に確認してください。

視点

技術の特徴を単独で評価するのではなく、利用者の課題、提供価値、実現可能性、継続性が一つの考え方の中で整合しているかを整理します。

確認ポイント

  • 技術の説明と、利用者に提供する価値が混同されていないか
  • 短期的な実現性と、継続的に事業として成り立つ見通しを分けて捉えているか
  • 主張の前提・対象・期待される結果が、同じ条件のもとで対応しているか
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解説

D社の筋電義手事業について、市場状況と技術課題を踏まえた製品化、研究機関との協業、政策活用、海外展開及び他市場への事業拡大を考える問題です。

問題の全体像

D社は、利用者から要望の多い自由度の高い筋電義手を開発しようとしている。試作機では筋電による把持はできたが、全ての指を個別に動かす情報処理が難しく、D社単独では開発費の高騰が予想された。また、PC処理による反応速度、フィードバック不足、重量・電池、利用者ごとの調整時間などの課題もある。そこで、AI技術を持つH教授との協業、短期間での国内販売、将来の海外展開や遠隔操作ロボットハンドへの技術供与を含む事業戦略を立案する。出題趣旨では、市場・技術動向の分析、新製品企画、技術調達、開発方針及び事業戦略の立案能力が問われている。

設問1(1)

着目するのは、海外市場は既に飽和している一方、海外メーカーが国内市場への進出を狙っていること、及び開発方針に「短期間で開発し、国内市場で販売を開始する」とある点です。最初から自由度を過度に高めると開発期間が延び、国内市場への参入機会を失う。したがって、自由度を市場製品よりやや上回る程度に抑え、海外メーカーが国内市場に進出する前に販売を開始する目的を答える。公式解答例もこの参入時期の先取りを示している。

設問1(2)

本文では、D社の試作機は筋電を検出して把持できたものの、波形に基づき全ての指を別々に動かす情報処理が難しく、D社の保有技術だけで開発すると開発費が高くなるとされている。H教授はAIで個々の利用者に必要な制御を実現する研究を行っているため、外部技術の導入によって、D社単独開発による高額な開発費の問題を解決する。40字以内では、原因と解決対象を簡潔に「D社の保有技術だけで自由度の高い製品を開発すると開発費が高くなる」とまとめる。

設問2(1)

利用者の意見として、試作機について「反応速度が遅く使用に違和感がある」と報告されている。その原因は、筋電信号の抽出と指ごとのモータ制御を接続先のPCで行っていることです。そこで、PCで行っていた機能をAIチップ化して義手に組み込む方針につながる。公式解答例では、この利用者意見をそのまま要点としているため、20字以内では反応速度と使用感を押さえる。

設問2(2)

H教授は、研究したAI技術を製品に搭載し、先端技術の発展に必要な大量のフィールドデータと研究費用を継続的に取得したいと考えている。D社は製品化と利用者への提供を通じて、実際の使用現場から得られるデータをH教授に与えられる。したがって、15字以内では「大量のフィールドデータ」と答える。

設問3(1)

国は、インクルーシブ社会の実現に向け、IoT及びAIの技術開発を強化し、障害のある人のICT利活用を促進する方針を定めている。筋電義手はこの政策目的に合致するため、助成金を研究開発費に充当できる可能性を調査する。40字以内では、IoT・AIの技術開発強化、障害のある人のICT利活用促進、またはインクルーシブ社会の実現という政策要素を押さえる。公式解答例もこの二つの表現を示している。

設問3(2)

海外市場は既に筋電義手が普及しているが、本文冒頭の今後の目標では、将来的に箸、ギター、タッチタイピングなどを可能にする、軽くて自由度の高い義手を安価に提供するとしている。既存製品では満たされていない潜在需要に応える目標なので、AIによって自由度の高い細やかな制御を可能にすることを中心に書く。採点講評でも、飽和市場に対して買い替えを促す潜在需要を考慮する点が重視されている。

設問3(3)

本文では、自由度の高い義手の技術を、宇宙空間や海底などで作業する遠隔操作ロボットハンドに応用できる可能性が示されている。またD社は将来、保有技術を他市場に生かして事業を拡大する必要があると考えている。したがって、技術供与の目的は、義手で培った保有技術を他市場に展開し、事業を拡大することです。25字以内ではこの目的を簡潔にまとめる。

学習のポイント

市場・技術・政策・協業を、製品開発と事業戦略の目的に結び付けて説明する力を養う。

出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)令和3年度春期 ITストラテジスト試験 午後Ⅰ 問4(公式資料:問題冊子(PDF) / 解答例 / 採点講評)

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