PMプロジェクトマネージャ試験 午後Ⅰ

令和2年度10月 プロジェクトマネージャ 午後Ⅰ 問3

事例を読んで設問の答えを考えてから、解説のポイントとIPA公式の解答例・採点講評で確認しましょう。

問題

問3 SaaSを利用した人材管理システム導入プロジェクトに関する次の記述を読んで、設問1~3に答えよ。 R社は、中堅の旅行会社である。同業他社と比較して離職率が高く、経験ある社員のノウハウを生かしたサービスを提供できていないことが経営課題である。“R社では自身の成長が期待できない”という退職理由が一番多かったことから、人材を戦略的に活用できる経営(以下,人材戦略経営という)の実現に向けて,人材管理制度を大幅に見直すことにした。 R社の人材管理制度は,人材情報管理業務,人事評価業務及び教育研修業務の3業務で運用しており,現在は表計算ソフトを用いた手作業で業務を行っている。運用には人事部,各部の部長及び課長が関与し,一般社員も被評価者として関与している。人材情報のうち,キャリア形成に必要となる業務経験などの管理はできていない。また,透明性のある人事評価や,スキル標準の定義,教育研修の正確な受講管理も行えていない。 〔人材管理システムの導入計画〕 R社は一刻も早く離職率を低下させるために,人材管理制度を見直した上で,制度の運用に使う人材管理システムを導入する計画を9月末に次のとおり決定した。 ・人材戦略経営の実現に向けて,スピード感をもって,できるところから取り組むために,計画の第1段階では人事評価の透明性の確保を目標とし,1年半後には社員が“人事評価の透明性が高まった”と認知できる状態とすることを目指す。その後,第2段階では,スキル標準を定義した上で,社員のキャリア形成を推進することを目標とし,3年半後の達成を目指す。そのために早急に人材管理制度を見直した上で人材管理システムを導入し,各社員の所属部署,職種,職位,目標・実績・達成度,業務経験,受講した研修などの人材情報の一元管理と正確なデータ分析を可能とする。 ・人材管理システムとしては,迅速に導入でき,人材戦略経営を実現するシステムとして定評があるA社のSaaSを利用する。A社のSaaSは,今後のR社の人材管理制度を実現する上で優れており,標準機能で多様な業務プロセスが実現できる。 ・標準機能を十分に活用して,費用対効果を高める。具体的には,見直した人材管理制度に沿って,標準機能で構成される標準モデルを参考に3業務の新たな業務プロセスを定義する。その上で,社員に新たな人材管理制度と,3業務の業務プロセスを周知徹底する。 ・1年半後の第1段階の目標達成に向けて,評価サイクルの開始タイミングである半年後の来年4月に人材管理システムを必ず稼働させる。新たな人材管理制度及び業務プロセスによって人材情報を登録,更新した後,2年後に人材管理システムで利用する標準機能の範囲を拡大して稼働させ,3年半後の第2段階の目標達成を目指す。 人材管理システム導入プロジェクトが立ち上げられ,プロジェクトマネージャ(PM)として情報システム部のS課長が任命された。S課長は,標準機能を十分に活用することが,費用対効果を高めるだけでなく,人材戦略経営の実現に重要となると考えた。S課長は,プロジェクト計画の作成に取り掛かり,A社のSaaSの利用方法の検討を開始した。 〔A社のSaaSの利用方法〕 A社のSaaSは,利用する標準機能の選択範囲及び利用者数に応じて課金される。標準機能はパラメタ設定だけで迅速に利用可能であるが,カスタマイズをすると時間が掛かる上に追加費用が必要となる。A社のSaaSは,標準機能が半年に一度拡張,改善される点に特長がある。S課長は,人材戦略経営を実現するためにはこの特長を生かし,拡張,改善される標準機能を利用し続けることが重要であると考えた。拡張,改善される標準機能を迅速かつ追加コストなしで利用可能とするためには,A社のSaaSの標準データ項目それぞれの仕様(以下,標準データ項目仕様という)に従ってデータを登録する必要がある。 S課長は,次に示す対応を行うことで費用対効果を高めることができると考えた。 ・それぞれの段階で利用する標準機能の選択に際し,十分な効果の創出が期待できるか否かを判断基準の一つとする。 ・カスタマイズを最小化する。 ・第2段階の目標達成に対して必要な準備を,第1段階から着実に進める。 ここで,効果の創出が期待できる標準機能を中心に選択し,カスタマイズを最小化して人材管理システムを導入することは,費用対効果を高めることに加え,第1段階でのあるリスクの軽減にも寄与すると考えた。 S課長は,ITストラテジストに依頼し,表1のとおり,標準機能それぞれがどのような効果を創出できるのかを取りまとめた。 表1 標準機能及び効果 表計算ソフトで管理している各社員の人材情報データ(以下,現データという)の多くは標準データ項目仕様と異なる。また,現データでは標準データ項目に該当するデータの全てを管理しているわけではない。S課長は,標準データ項目仕様に従ってA社のSaaSに現データを移行又は新規登録して,人材管理システムの人材情報データを整備することにした。 さらに,S課長はキャリア形成機能及びスキル認定機能は,第1段階では効果の創出が難しいと考えた。そこで,スキル認定機能は第1段階の利用対象外とする一方,キャリア形成機能は第1段階から部分的に利用し,毎年の業務経験に関するデータを蓄積することにした。 〔プロジェクト体制及び要件定義の作業方法〕 S課長は,目標達成のためには,人事評価を行う立場の利用者が,人材管理制度を理解した上で,第1段階の業務プロセスの定義に自らの立場を踏まえて主体的に取り組むこと,及び社員の人材管理に対するニーズをかなえることが重要であると考えた。そこで,S課長は,プロジェクトのメンバとして情報システム部,人事部に加え,人事評価を行う立場の利用者である各部の部長及び課長の代表者を選任することにした。 一方,カスタマイズを最小化するために,S課長は利用者要求事項の大部分を標準機能で実現できる範囲に収めたいと考えた。第1段階の要件定義の作業では,まずA社に依頼して,第2段階で利用する予定の機能も含めた,標準機能で構成される標準モデルをそのまま用いたデモンストレーションを実施し,標準機能のままでも多様な業務プロセスが実現できることをメンバに理解させることにした。次に,標準モデルを参考にR社の組織・職種などを考慮して第1段階で利用する機能を標準機能で実現したプロトタイプを作成し,利用者それぞれの立場を踏まえた,かつ,社員の人材管理に対するニーズを考慮した利用者要求事項を洗い出すことにした。 〔会議におけるコミュニケーション方法〕 R社の従来のプロジェクトでは,会議資料を電子メールに添付して共有していた。メンバによっては多数の電子メールをさばききれず,確認漏れや古い資料を見ての回答が多数発生し,認識齟齬のままプロジェクトが進み,手戻りが生じることもあった。今回のプロジェクトはメンバが増えたことから,より多くの情報共有や意見交換をする状況が発生する。S課長はより正確にコミュニケーションができるようにしたいと考え,B社のビジネス向けチャットツールを使うことにした。 S課長は検討テーマごとにチャットルームを用意し,表2に示す運用ルールを定めて,より正確なコミュニケーションを促すことにした。また,チャットルームのログを要件定義の作業の成果物に追加することにした。 表2 B社のビジネス向けチャットツールの運用ルール 以上の整理を含め,S課長はプロジェクト計画を完成させた。 設問1〔A社のSaaSの利用方法〕について,(1)~(3)に答えよ。 (1)効果の創出が期待できる標準機能を中心に選択し,カスタマイズを最小化して人材管理システムを導入することは,費用対効果を高めることに加え,第1段階でのどのようなリスクの軽減に寄与するとS課長は考えたか。30字以内で述べよ。 (2)S課長が,標準データ項目仕様に従ってA社のSaaSに現データを移行又は新規登録して,人材管理システムの人材情報データを整備することにした狙いは何か。30字以内で述べよ。 (3)S課長が,キャリア形成機能を第1段階から部分的に利用し,毎年の業務経験に関するデータを蓄積することにした狙いは何か。35字以内で述べよ。 設問2〔プロジェクト体制及び要件定義の作業方法〕について,(1),(2)に答えよ。 (1)S課長は,人事評価を行う立場の利用者が自らの立場を踏まえて,第1段階の業務プロセスの定義に主体的に取り組むことが重要であると考えたが,各部の部長及び課長の代表者にはどのような役割を果たすことを期待してプロジェクトのメンバとして選任することにしたのか。30字以内で述べよ。 (2)S課長は,メンバが標準機能のままでも多様な業務プロセスが実現できることを理解することで,どのような効果を狙えると考えたか。35字以内で述べよ。 設問3〔会議におけるコミュニケーション方法〕について,(1),(2)に答えよ。 (1)表2中の下線①に示したように,会議主催者が議事録を閲覧していないメンバに閲覧を促すプッシュ通知をすることによって,どのようなリスクを軽減できるか。25字以内で述べよ。 (2)S課長は,なぜチャットルームのログを要件定義の作業の成果物に追加することにしたのか。その理由を25字以内で述べよ。
表1 標準機能及び効果。人材情報管理、人事評価、教育研修に関する標準機能と、それぞれがもたらす業務効率化、評価の透明性向上、キャリア形成や研修管理などの効果を示す表。
表1 標準機能及び効果。人材情報管理、人事評価、教育研修に関する標準機能と、それぞれがもたらす業務効率化、評価の透明性向上、キャリア形成や研修管理などの効果を示す表。
表2 B社のビジネス向けチャットツールの運用ルール。会議の2日前から5日後までの各時期に、討議資料の投稿、欠席者意見の共有、議事録の投稿・確認・更新を行う運用ルールを示す表。
表2 B社のビジネス向けチャットツールの運用ルール。会議の2日前から5日後までの各時期に、討議資料の投稿、欠席者意見の共有、議事録の投稿・確認・更新を行う運用ルールを示す表。
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要件とリスクを見極める確認視点

SaaS導入では、実現したい業務目的と設定・運用上の制約を切り分け、変更の影響範囲や優先順位を段階ごとに見直す観点で整理しましょう。

この問題で問われていること

一つの観点として、要件を増やす判断が業務上の効果、運用負担、将来の変更リスクと整合しているかを、各段階で確かめてください。

視点

要件を検討するときは、目的、必要性、影響範囲、見直し時期を分けて整理し、関係者間で判断基準をそろえることが重要です。最初から細部を固定せず、確認できた事実に応じて優先順位を更新します。

確認ポイント

  • その要件は、達成したい業務目的と直接つながっているか
  • 変更した場合に、利用者・運用・周辺業務へ影響が広がらないか
  • 次の段階で再確認・修正する条件と時期が明確か
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解説

R社の人材戦略経営を実現するため、SaaSの標準機能を中心に段階導入し、データ整備、利用者参加、チャットによる記録共有を組み合わせた計画を問う問題です。

問題の全体像

R社は離職率が高く、キャリア形成や人事評価の透明性にも課題があった。そこで、人材管理制度を見直し、A社のSaaSを第1段階と第2段階に分けて導入する。出題の中心は、SaaSの標準機能を活用して将来の拡張に備える方法、標準仕様に沿ったデータ整備、利用者を巻き込んだ要件定義、チャットで認識齟齬や手戻りを防ぐ計画です。

設問1(1)

第1段階では半年後の来年4月からの稼働が必須です。一方、カスタマイズは時間が掛かり追加費用も必要になるため、これを最小化し効果の高い標準機能を選べば、導入作業が長引くことを避けられる。したがって、公式解答例のとおり、人材管理システムの稼働が来年4月から遅延するリスクを答える。30字以内なので、遅延リスクに絞る。

設問1(2)

A社のSaaSでは、標準データ項目仕様に従ったデータ登録が、拡張・改善される標準機能を迅速かつ追加コストなしで利用する前提になっている。現データをそのまま使わず移行・新規登録する理由は、将来の標準機能を継続利用できるデータに整えるためです。公式解答例の「拡張,改善される標準機能を利用し続けるため」を軸に書く。

設問1(3)

キャリア形成機能は第1段階では効果が出にくいが、第2段階では社員のキャリア形成推進が目標になる。そのため、第1段階から業務経験を毎年蓄積しておけば、第2段階で経年情報を用いてキャリア形成を可視化できる。公式解答例の目的と時期の両方を押さえる。

設問2(1)

部長・課長の代表者は、人事評価を行う利用者の立場を持つ。本文では、業務プロセスを主体的に定義し、社員のニーズを反映することが重視されている。したがって、公式解答例のとおり、人事評価業務の運用可否を確認する役割と、人材管理システムへの利用者要求事項を提示する役割を書く。30字以内では二つの役割を簡潔に並べる。

設問2(2)

標準モデルのデモンストレーションで、標準機能のままでも多様な業務プロセスを実現できると理解させている。これは、利用者要求を最初から個別仕様へ広げず、標準機能で実現可能な範囲に収め、カスタマイズを抑えるためです。公式解答例の「利用者要求事項の大部分を標準機能で実現できる範囲に収める効果」を答える。

設問3(1)

従来は電子メールの確認漏れや古い資料の参照により、認識齟齬のまま進み手戻りが生じていた。議事録を未閲覧者にプッシュ通知すれば、議事録の確認を促し、会議結果を共有できる。公式解答例に沿って、認識齟齬のまま進み手戻りが生じるリスクを簡潔に示す。

設問3(2)

チャットルームには、会議資料への意見や議事録への意見が時系列で残る。要件定義の成果物にログを加えれば、討議結果がどの意見や検討過程に基づくものかを後から確認できる。したがって、公式解答例のとおり、討議結果の根拠となる意見が記載されているからと説明する。

学習のポイント

施策の目的と、将来の拡張性やプロジェクトリスクとの因果関係を本文から正確に抜き出す力。

出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)令和2年度10月 プロジェクトマネージャ試験 午後Ⅰ 問3(公式資料:問題冊子(PDF) / 解答例 / 採点講評)

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